2-2.法人のメリットとデメリット
仮想通貨トレードを法人で行えば、すべての面においていいことばかりかというと、けっしてそういうわけではありません。デメリットもあります。
メリットとデメリットをそれぞれしっかり認識したうえで、どちらが自分の仮想通貨トレードにとって、そして自分の生き方にとって優位性があるかを判断して欲しいのですが、現状では仮想通貨トレードに関して、法人で行うメリットのほうが大きいであろうと思われます。
法人のメリット
まず、仮想通貨トレード法人を設立することで、次のようなメリットがあります。
①法人で落とせる経費が増える
第1章で触れたように、個人の「仮想通貨取引に係る雑所得等」で認められる必要経費は極めて限定的です。
一方、法人としての活動に一般的に欠かせない出費は、すべて必要経費として認められます。
これらを最大限に活用して、法人の経費を多くすることが課税所得を減らして節税につながるのです。
仮想通貨トレード法人も一般事業法人と同じルールが適用されます。
けっして仮想通貨トレード法人だけが特別扱いされるようなことはありません。
法人の経費で落とせるものは可能なかぎり落としましょう。
そうすれば、それだけ法人の税負担が減少します。
領収書をこまめにもらい、きちんと保管することが基本です(詳しくは第7章で紹介し
ます)。
②給与所得控除を利用できる
これについては、すでに第1章で述べたとおりです。法人から役員が受け取る役員報酬にも、給与所得控除が適用されます。
給与所得控除が課税所得を減らして、税金を安くするのです。
③所得の分散ができる
法人にすると、役員報酬などの給与の額は比較的自由に決められます。
ただし、給与にかかる所得税は累進税率です。課税所得が多くなればなるほど税率が上るようになっています。
そこで、法人の代表者1人に役員報酬を支払うよりも、配偶者や父母などの親族にもその仕事に見合った役員報酬を支給できれば(つまり家族への所得分散ができれば)、節税効果はさらに増大するのです。
例えば、毎月の利益が35万円とします。これを自分1人が役員報酬としてもらうと、自分の給与は月額35万円です。
しかし、配偶者にほかの所得がなく、自分に月額27万円、配偶者に月額8万円と分散すれば、配偶者の年額96万円(=8万円×12カ月)の給与は、まったく非課税です。
さらに、配偶者控除の対象にもなります。
もし自分、配偶者、両親の4人家族であれば、自分が月額17万円、配偶者が月額8万円、父親が月額5万円、母親が月額5万円と分散すれば、配偶者の月額8万円は、先ほどと同じく非課税になりますし、親の月額5万円も、ほかに給与所得がなければ給与所得の範囲内でゼロとなり、扶養控除の対象にもなります。
もはや、所得税は誰も払わなくてもよいという状況になるわけです。
このように、親族が多い場合、法人の利益を給与として分散できることが法人化の大きなメリットのひとつです。
④役員退職金を支払える
役員退職金は退職所得となります。退職所得は税率が最も低い所得です。
役員退職金をもらうメリットについては、第5章で詳しく説明します。
できるだけ役員退職金をもらってハッピーリタイアメントとなればベストです。
⑤生命保険料が経費になる
個人で支払う一般生命保険料は生命保険料控除が受けられるだけです(最高5万円。
ただし2012年以降の契約では最高4万円)。
しかし、法人が役員に生命保険をかけると支払保険料の全額または2分の1を法人の経費にできます。
これも詳しくは第7章で説明します。
また、生命保険料で節税しながら、役員の退職金の支給に備えることもできます。
⑥決算期を自由に決められる
個人で仮想通貨トレードをしている場合は暦年(1月1日~12月31日)で生じた所得で確定申告をするしかありません。
一方、法人は決算期を自由に選ぶことができます。
また、それを自由に変更することもできます。
決算期変更は、仮想通貨トレード法人にとっても有効な節税対策にもなります。
これについても第7章で詳しく紹介しましょう。
⑦赤字を10年間繰り越せる
個人の仮想通貨トレードによる雑所得の損失を次年度以降に繰越すことはできません。
しかし、法人の場合、赤字を出しても10年間もの利益と相殺できます。
これも第7章で詳しく説明します。
法人のデメリット
逆に仮想通貨トレード法人を設立することで、次のようなデメリットが考えられます。
①設立費用と手間がかかる
昔に比べて法人設立は随分と簡単になりました。現在、株式会社や合同会社は1人でも設立可能です。
設立費用も昔に比べれば随分と安くなりました。
それでも法人設立には費用がかかります。出資金の払い込みの手続きや、登記書類や届出書を作成する手間もかかります。
専門家に依頼すれば手間は省けますが、もちろん手数料がかかってきます。
また、法人の登記事項に変更が起これば、変更登記が必要です。
登記を変更するにも登記費用がかかります。
②法人の資金を自由に使えない
個人で仮想通貨トレードをしている場合、儲けたお金は個人で自由に使えます。税務上何の規制もありません。
しかし、法人化するとそうはいきません。法人のお金と個人のお金は厳格に区分する必要があるからです。
法人の利益は法人の口座に入金されます。法人のお金を役員個人が勝手に引き出して使うことはできません。
役員個人が自由に使えるのは、法人から支払われる役員報酬だけです。
法人のお金を勝手に引き出すと、税務上トラブルになる可能性があります。
役員個人が法人からお金を借りた場合には、法人に貸付金利息を支払うなど貸借関係を明らかにしなければなりません。
ただし、逆に役員個人が法人に貸し付けたお金であれば、いつでも返してもらえますし、法人から貸付金利息をもらう必要もありません。
③会計事務所に支払う費用がかかる
法人は、たとえ赤字であっても、毎事業年度、決算をして、税務申告をしなければなりません。
個人の場合、自分で確定申告している人が多いと思います。
しかし法人の場合、提出すべき税務申告書が個人と比べてかなり複雑です。
そのため、多くの法人が、決算や税務申告書の作成を税理士に依頼しています。
税理士に依頼すれば、もちろん報酬を支払わなければなりません。法人化によって新たに発生する費用といえます。
ただし、その一方で最新の情報に詳しく、節税指導なども受けられますから、一概にデメリットばかりともいえません。
④社会保険の負担が重い
法人の場合、役員1人の法人でも社会保険に加入する必要があります。
社会保険制度は、もともと企業で働く従業員のための社会保障制度ですが、法人役員も原則加入する義務があります。
社会保険に加入することのデメリットには、なんといっても社会保険料の負担の重さが挙げられます。
夫婦が法人から役員報酬をもらっている場合、それぞれの役員報酬に社会保険料がかかってきます。
国民健康保険のように、家族単位で保険料がかかるわけではありません。
その点、社会保険のほうが負担が重くなることが多いのです。
ただし、役員報酬を社会保険に加入できる最低額とし、配偶者などを被扶養者として加入する場合、逆に国民健康保険や国民年金に加入する場合よりも軽い負担で済む場合もあります。
⑤維持運営コストがかかる
法人化によって事務負担は確実に増えます。
個人の場合、確定申告の時期になってから前年の必要経費の領収書を整理して、なんとか間に合わせるという人も多いでしょう。
もちろん、それでもかまいません。
しかし法人の場合、毎月きちんと会計処理を行って、法人の損益状況を把握する必要があります。
ことにICOを目的とした仮想通貨トレード法人の場合、タイムリーな判断を迫られる可能性もあり、余計に損益状況の把握は重要です。
適切な会計処理を行っていなければ、投資判断もできません。
⑥税務調査がある
個人よりも法人のほうが税務調査に入りやすいことは事実です。
国税庁の統計資料からもそのことは裏づけられています。その理由のひとつは、個人の確定申告数のほうが法人の申告数よりも圧倒的に多いということがあります。
また、法人は会計帳簿が整備されていることも理由のひとつでしょう。
税務調査は法人の税務上の誤りを洗い出し、追徴税額を徴収できるかが基本です。
仮想通貨トレード法人にも税務調査はあり得ます。
税務調査があればそれを甘んじて受けなければならないのは、法人化のデメリットであるといえます。
もっとも、きちんとした会計処理をしておけば、税務調査が入っても何も問題はありません。
法人化を検討し、実践する個人投資家が増えているのは、デメリット以上にメリットがあると考えているからです。
しかし、思うような利益を出せなければ、法人化しても節税につながらないかもしれません。
逆に、思いのほか利益が出てしまえば、法人化しても多額の税金を支払わざるを得なくなるかもしれません。
自分の現状と照らして、法人化の是非を迷われた場合は、一度税理士に相談してから決定しても遅くはないでしょう。
既存の法人を使うときの問題点
新設法人であろうと、既存の法人であろうと、法人口座を開設できます。
ただし、いくつか問題点が考えられます。
●本業の補完は難しい
本業不振の法人が仮想通貨トレードに手を出すことは、あまりおすすめできません。
安定的に収益を望めるという保証はけっしてないからです。
逆に、損失を出す可能性も十分にあります。
また、仮想通貨トレードに時間を取られ、本業がおろそかにならないともかぎりません。
ましてや従業員を抱えているのであれば、会社は社長1人のものではありません。
仮想通貨トレードには、なおさら慎重であるべきです。
どうしても仮想通貨トレードがしたいなら、別に法人を作って個人的にするほうが賢明といえます。
●一般事業法人には消費税の問題がある
仮想通貨トレードのみを事業としている法人であれば、消費税の納付を気にする必要がありません。
収益に消費税がかからないからです。
対して、一般事業(商品販売やサービスの提供)を営む法人が、商品などを販売したりサービスを提供したりすれば、売上金額には消費税が含まれています。
事業年度の年間売上金額が1,000万円以上になると、消費税を納めなければなりません。
消費税の納税額を計算するため、事業年度の受取消費税と支払消費税を集計する必要があり、それだけ会計処理が煩雑になります。
法人が支払う経費には、消費税がかかるものとかからないものがあります。
経費の内容により消費税の課税・非課税を区分するためには消費税の課税・非課税の区分に関する知識が必要です。
●銀行借入に支障が出る
不動産投資は、個人であっても法人であっても、事業の採算性に問題がないかぎり、銀行は融資をしてくれます。
それは銀行に安定収入が見込める事業計画(返済計画)を示すことができるからです。
しかし、仮想通貨トレードは投機です。
ですから、事業計画(返済計画)そのものがありません。
返済計画の立たない取引に資金を融資してくれる銀行は、まずありません。
一般事業の運転資金として銀行に融資を申請すれば、融資を受けられるかもしれません。
しかし、いずれにしても本業の不振を仮想通貨トレードの収益で補っている状況では、銀行からの借入は難しいでしょう。
サラリーマンが法人を設立する場合の注意点
サラリーマンが副業として自分の仮想通貨トレード法人を設立し、そこから役員報酬をもらうと、2カ所から給与をもらうことになります。
したがって、確定申告をしなければなりません。確定申告をすれば、所得が増えることになり、住民税も増加することになります。
サラリーマンの住民税は給与からの天引きです。
したがって、勤め先に、その会社からもらう給与にかかる住民税額よりも多い金額の住民税の納付通知が届くことになります。
つまり、副業が勤め先に知られやすいのです。それを避けたいのであれば、自分に役員報酬を支払わないことをおすすめします。
そのため、いくら経費に使っても、仮想通貨トレード法人に所得が出てしまうかもしれません。
しかし、法人の年間所得が800万円までであれば、税率は約23%です。
この範囲であれば、法人で税金を支払ってもあまり税負担にはなりませんから、法人で税金を払ってもいいでしょう。
また配偶者に役員報酬を支払う方法もあります。
ただし、いわゆる専業主婦(専業主夫)の場合、注意点があります。
専業主婦が法人を設立する場合の注意点
専業主婦自身に対する役員報酬の決め方は、次のいずれかとなります。
①年収103万円以下とし、配偶者控除の対象となる
この場合は、主婦個人にも課税はありませんし、夫の年間所得が900万円以下(給与収入1,120万円以下)であれば、夫の配偶者控除38万円の対象にもなれます。
もちろん、夫の社会保険の被扶養者にもなれます。
②年収130万円以下とし、社会保険の被扶養者となる
この場合は、主婦個人に対する課税はありますが、夫の年間所得が900万円以下(給与収入1,120万円以下)であれば、夫の配偶者特別控除38万円の対象になれます。
もちろん、夫の社会保険の被扶養者にもなることができます。
③役員報酬を年収130万円以上とする
この場合は、主婦個人に対する課税があります。夫の社会保険の被扶養者になることもできません。
夫の年間所得が900万円以下であれば、主婦の年収が150万円以下の場合は、夫の配偶者特別控除38万円の対象になりますが、主婦の年収が150万円超201万円以下の場合は、夫の配偶者特別控除は36万円から3万円まで段階的に減少します。
妻の年収が201万円超の場合、夫の配偶者特別控除の対象にはなれません。
2018年分より、配偶者控除・配偶者特別控除の控除額は、妻の年収だけでなく、夫の年収という新しい要素が加わって決まることになり、複雑になっています。
夫の年間所得が1,000万円超(給与収入1,220万円超)となると、もはや妻の年収がいくらであっても配偶者控除や配偶者特別控除の対象ではありません。
①と②を比べた場合、夫の所得にもよりますが、節税効果はあまり変わりません。
仮想通貨トレード収益が1,000万円にいかないぐらいでしたら①か②の役員報酬を選択するとよいでしょう。
この場合も法人所得800万円以下の軽減税率(約23%)を有効活用することが重要になります。
問題は、トレードの年間収益が1,000万円を超えるような場合です。
この場合は、第5章を参考に役員報酬を決めてください。
著者:柴崎照久 / 木村健太
「仮想通貨トレード法人の設立と節税 ~個人投資家のための起業 A to Z」
パンローリング株式会社、2018年10月、69~81ページ
仮想通貨トレードの個人投資家のための法人化の手引き
本書は、仮想通貨トレード法人の、設立手順からメリット、デメリット、設立後の運用、節税方法まで網羅的に解説。
初歩的・不可欠な情報を提供し、個人投資家が法人化を検討する際の疑問や不安を解消する手引書です。
<目次>